学問X建設 土木・建築森羅万象学

早稲田大学 理工学術院教授
山﨑 淳司
日本国土開発 つくば未来センター 化学グループ
劉兆涛

環境資源工学 後編

後編

素材を通じたイノベーションで
社会を持続可能なものに

金属やコンクリートといった、様々な素材を使用する建設。その素材も、元を辿ればすべて地下に埋まっている資源鉱物から作られています。今回取り上げるのは、そんな資源鉱物を扱う「環境資源工学」です。早稲田大学 理工学術院の山﨑教授に、環境資源工学と土木のつながり、社会課題の解決に向けた取り組みについて話を聞きました。

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山﨑 淳司

早稲田大学 理工学術院教授。同大学の教育学部 理学科地学専修を卒業後、大学院から理工学研究科 資源工学分野へ。現在は、まだ活用の仕方が見つかっていない鉱物資源を原料とした高機能素材の開発など、応用研究に取り組む。専門分野は環境資源工学。

劉兆涛

日本国土開発 つくば未来センター 化学グループ。出身国である中国で建築を学び、建設会社での勤務を経て、来日。中央大学で土木工学のコンクリート分野を専攻した後、日本国土開発に入社し、水中のヒ素を除去する機能性材料の開発などに携わる。

ナノの世界に隠された力

物質の特性は、その構造によって大きく左右されます。ナノサイズの結晶構造を持つ材料「NLDH®」が示す特性の変化とメカニズム、それがもたらす新たな機能とはどのようなものなのでしょうか。

山﨑:
ホウ素、フッ素、セレン、ヒ素といったマイナスイオンを吸着できる代表的な鉱物はLDH、「層状複水酸化物」というものです。構造はミクロの層状になっていて、層と層の間にさまざまなイオンを取り込むことができます。
この構造を持つ鉱物としては「ブルーサイト」というものがあるのですが、構成するマグネシウムの一部がアルミニウムなどのイオンに変わると、層の間にマイナスイオン、別名「アニオン」が入るようになるんです。
劉:
その中でいちばん世の中にあって作りやすいものが「ハイドロタルサイト」というものですね。
山﨑:
マグネシウムとアルミニウムが金属イオンとして含まれていることが重要。ハイドロタルサイトは、これら金属イオンの水酸化物層の間に炭酸イオンなどのマイナスイオンが含まれていて、これを他の陰イオンと交換できるのです。
劉:
有名な使い方としては胃腸薬がありますね。

山﨑:
そう。ただ、天然鉱物や市販のハイドロタルサイトは大きい結晶なので、この「層」の間に入れるイオンは限られてしまう。でも、この「層」を小さいナノサイズでつくることができれば、なんだかすごい性質が出てくるのではないかという期待を持ってつくってみたのです。
劉:
なるほど。胃腸薬の場合は、胃酸の中の水素イオンと、ハイドロタルサイトの中の炭酸イオンが反応することで、制酸作用を発揮するんですね。
山﨑:
目的としては、排水中のフッ素とかホウ素、六価クロムといったイオンを取り込みたいのですが、大きい結晶のハイドロタルサイトは「好き嫌い」があります。たとえば炭酸イオンがあると、他のイオンをなかなか取り込まないわけです。しかし結晶をナノサイズまで小さくすると好き嫌いが減って、ホウ素、フッ素、六価クロムなども取り込むようになり、適用範囲が広がります。しかも酸性からアルカリ性まで幅広く対応できる。この特性を持つのは、マグネシウムとアルミニウムの金属イオンでできたハイドロタルサイトだけなんですね。

水質浄化、インフラ保全 ──
社会課題の解決へ

理論から実践へ。バングラデシュでの水質浄化からコンクリート構造物の長寿命化まで、NLDH®がもたらす多様な可能性。人々の生活を守り、インフラを延命させる革新的な技術応用の最前線をご紹介します。

劉:
NLDH®の活用はバングラデシュでの水処理事業からスタートしました。バングラデシュでは、井戸水にヒマラヤ山脈の岩石に由来するヒ素が溶け込んでいて、これが健康被害を引き起こしています。これを吸着して、安全な飲み水を提供できないかということで、実証実験を続けてきました。NLDH®は層と層の間にヒ素イオンを吸着することができるので、水中に溶け込んだヒ素を取り除くことが可能です。
山﨑:
日本にいるとあまり切迫感がありませんが、世界では飲み水の問題が深刻です。ヒ素の問題が深刻なバングラデシュのほかにも、上流の国でダムをつくったことで下流の国に水が行かなくなってしまうとか、気候変動によって水源が干上がってしまうとか、原因もさまざまな問題が世界各地で発生しています。飲み水を確保する場面でも資源鉱物は活用されていて、空気中から……それこそ湿度が10%とか20%とかでも、飲み水をつくるような技術も存在しますね。
劉:
人間にとって欠かせない、安全な飲み水の確保を実現する。これはSDGsの一つでもあり、社会的に意義のあることだと思います。そして、この分野で私たちが開発してきた技術が活用されているのは、とても嬉しいことです。このほかの取り組みとしては、NLDH®を用いたコンクリート補修材の開発を進めています。バングラデシュで使っているのとは別のものですが、こちらもNLDH®を用いて塩害を食い止めようというものです。

山﨑:
現在主流の方法はコンクリート構造物のひび割れに、すぐに固まる「早強セメント」を用いて補修するものなのですが、内部の鉄筋には塩化物イオンが残ったままなので、根本的な解決にはなりません。でもNLDH®は塩化物イオンを取り込めるので、インフラの長寿命化が期待できますね。
劉:
塩化物イオンを取り込める理由は、コンクリート補修材に含まれるNLDH®が鉄筋に付着した塩化物イオンを吸着するからですね。これで、鉄筋表面の腐食を抑えられます。普及に向けての課題はまだたくさんありますが、社会実装に向けて進んでいきたいと思っています。

日本国土開発のインフラ補修に関する取り組み

塩害を受けた鉄筋コンクリート構造物の補修では、劣化部分を取り除き、鉄筋に付着した塩化物イオンを取り除いて断面修復材によって埋め戻すといった方法が採られます。
日本国土開発では、この断面修復材である「エポキシ樹脂」にNLDH®を添加した「ハイブリッドエポキシ樹脂」を開発。塩害を受けたインフラの補修に活用しています。

  • 硝酸型NLDH®を含有した「ハイブリッドエポキシ樹脂」作用メカニズムのイメージ

社会課題の解決に挑む
困難とよろこび

新たな素材の開発には、数々の困難が存在します。それでも、社会課題の解決に向けて挑むことは、技術者として、研究者としての務めであり、喜びでもあります。持続可能な社会のためにイノベーションを起こす。日本国土開発と山﨑教授のチャレンジは、これからも続いていきます。

山﨑:
飲み水のことにせよ、コンクリートなどの構造物のことにせよ、人間社会を持続的に発展させていくためには、材料を通じたイノベーションが欠かせません。NLDH®で言えば、「いいものができたね!」というところで止めてしまうのではなくて、どうして結晶が大きいときは陰イオンの「好き嫌い」があるのか、ではどこまで小さくすればいいのか、そういったメカニズムまで突き止めたことによって実用化に近づきました。劉さんは「社会実装」に向けて大変だと思いますが、頑張ってほしいですね。

劉:
はい。この技術ができた頃は、製造技術が未熟で品質も安定しませんでした。そして知名度もありませんでしたから誰も使わない。使われないからコストが高いままという悪循環で大変でしたね。自社の工事現場で使うところから始めて、私の地元のメッキ工場、中国地方の電力会社などさまざまな会社への営業活動もしました。使用条件と照らし合わせながら排水の解析もして、また製造工程を改良して……みんな一丸となってちょっとずつ成果を積み重ねていったんです。
山﨑:
インフラ補修の現場でも使われはじめていますしね。でも、世界でも日本ってインフラにとって相当に過酷な環境なんですよ。海岸線が長いので塩害が多く発生する。火山も温泉も多くていろいろなガスも出ている。気温も高いところと低いところがあって、四季の移り変わりがあり、地震も多い。だから、日本でモノになった技術の多くは、きっと世界でも通用します。
劉:
そうですね。そう信じています。

山﨑:
私が大学でこの分野を選んだきっかけは、高校生のときに見た小松左京原作の「日本沈没」という映画なんです。劇中に実際の東大の先生が登場して、日本が沈没するメカニズムを明瞭に解説するのですが、それを見て「地球物理学ってカッコいいなぁ」と。紆余曲折あって地学から資源工学、鉱物学から材料とか素材などの物質を扱うようになりましたが、これはこれですごく面白いし、実際に世の中で使われて役に立つことができるので、やりがいもあります。人間社会の礎をつくる建設分野の人たちと協力しながら、さまざまな課題を解決していけたらいいですね。
劉:
私も非常にやりがいを感じています。中国で建築、日本では土木を学んで、ひょんなことからNLDH®の研究に携わることになったので最初は苦労もしましたが、今ではこのプロジェクトに加わることができてよかったと思います。私の子どもも「お父さんは環境にいいものをつくっている」と思ってくれているみたいです。家ではなかなか仕事の話をする機会はありませんが、これからも子どもたちに誇れるような仕事をしていきたいなと思います。

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