01
市が「民間」の仕事から
得られるもの

福島県の東部、太平洋沿岸の「浜通り」にある南相馬市。いわき市と仙台市のほぼ中間に位置するこの地には、豊かな自然が広がっています。重要無形民俗文化財「相馬野馬追」で全国的に有名な、歴史あるまちです。2011年に発生した東日本大震災では大きな被害を受けましたが、あれから14年、力強く復興を続けています。
復興の加速とその先のまちづくりを見据え、平成30年度から始まったのが民間企業人材の受け入れです。この背景について、南相馬市のTさんはこう語ります。
受け入れ当初は農政分野が中心でしたが、近年では観光や健康、さらにはロボットや宇宙関連など新たな分野にも広がりを見せています。

民間企業から来ていただく方々のバイタリティや、私たち公務員にはない視点などは、職員にとって大きな刺激になっています。それぞれの知見を活かして業務にあたっていただけることはもちろん、民間企業の考え方を学ぶ機会の創出にもつながっていて、市役所全体の活性化にも寄与しているのではないかと思っています。
長期的なビジョンを描き、さまざまな関係者の合意を得ながら未来へ向かうのは「行政」の役割。一方、目的に向かうための取り組みを具体化し、スピード感を持って実行していくのは民間企業の得意とするところです。
より住みやすく魅力的で、活力あるまちづくりをしていくために、お互いの強みを融合させる。それがこの取り組みの目指すところだといえます。
02
ものづくりの現場から、
まちづくりの現場へ
日本国土開発から社内公募制度で南相馬市へと出向した、K.OとY.W。建設業とは異なる行政の現場で、それぞれ熱意を持って業務に励んでいます。南相馬市の職員として過ごしてくるなかで、どのようなことを感じているのでしょうか。
ATTENTION!

産業再生の設計図を描く
2020年に入社したのち、土木の現場、新規事業であるキャンプ場「IZUMI PEAK BASE®」の立ち上げや運営管理、不動産関連業務など多様な仕事に携わってきたK.O。自らのキャリアを「なんだか毎年転職をしているみたい」と話す彼が次なるチャレンジとして選んだのが、民間とは異なる「行政」の立場でまちづくりに携わることでした。
南相馬市ではロボット産業に力を入れており、地域経済活性化の柱のひとつとして育成しようとしています。出向後のK.Oが最初に担当したのが、そのロボットを通じた産業振興に向けた調査・研究でした。市の産業の歴史や現場を調べ、関連企業を訪問。どのような産業振興策として具体化するべきかを検討するという業務です。
震災でさまざまな被害を受けた場所に、これまでの強みも活かした新たな産業を立ち上げる。その計画を1からつくりあげていくことは、まさしく真っ白なキャンバスに新しい絵を描いていくことにも似ていたといいます。

特に、「福島ロボットテストフィールド」や近隣に整備される「福島国際研究教育機構」、通称「F-REI(エフレイ)」と、市の強みをどう結びつけて産業を進化させていくか。まだ知識が十分とはいえない分野の情報を集め、仮説を立ててそれを検証していくことが特に難しかったです。ただ、プレゼン資料をつくる機会が多くて人に伝える力が身についた気がしますし、南相馬の新しい歴史をつくっていく第一歩に貢献できることは非常に光栄なことだと思います。
ATTENTION!

子育ての「場」をゼロからつくる
K.Oと同じく社内ポータルで南相馬市出向の公募を知り、応募したY.W。彼女が所属するのは「こども未来部 こども家庭課」です。遊び場の管理や子育ての支援など、まちの将来を担うこどもたち、親御さんたちをサポートすることを主な業務としています。
中でも注力していることのひとつが、「こども・子育て賑わい創出エリア構想(仮称)」区域内に建設予定の「地域子育て支援拠点施設」。地域のこどもたちや保護者を対象とし、一時預かりや交流、コミュニティ広場などの機能を備えた総合施設です。

子育てを一元的に、網羅的にサポートするための施設を建設する計画に関わっています。業者さんから提案をいただくプロポーザルを経て、多くの関係者との調整を重ねて構想を具現化してきました。南相馬市は子育てのしやすさでも評価をいただいています。これをもっと進化させていけたらいいなと思います。

さらに、Y.Wの担当業務には南相馬市による婚活イベントやセミナーの開催といった少子化対策も。

男女の出会いの場づくりとして、「異業種交流会」を開催しました。当日は司会進行に加え、レクリエーションコーナーでは「ご当地かるた」の読み手も務めました。3回目の開催だったのですが、参加者アンケートで過去最高の満足度を得ることができたのはとても嬉しかったです。
03
「元通りの南相馬」ではなく、
100年後の「もっといい南相馬」へ

復旧から復興へ。そして「創造的復興」へ。
A.Tさんは、東日本大震災以来の南相馬市の歩みをそう紹介します。

震災からしばらくは、まず元の生活に戻るための復旧が最優先でした。今はインフラの復旧も進んでいる中で、震災前よりも活気あるまちにするための復興、そしてこれまでになかったような新しい価値を生み出す「創造的復興」の段階に入っていると考えています。
創造的復興。それは全国的に知られた「相馬野馬追」のような古くからの伝統を大切にしながらも、それに安住するのではなく、次の時代に求められる新しいまちをつくっていくという強い意志のあらわれ。

現在進めているロボット、宇宙といった新しい産業かもしれませんし、これまでのものとは姿を変えた農林水産業かもしれません。次の100年を考えるとすぐに成果に結びつけることは難しいかもしれませんが、さまざまなチャレンジの中から、次の時代の南相馬を象徴するような新しい伝統が生まれつつある。そんなふうに感じています。

震災という大きな出来事を乗り越え、能動的な変化を生み出そうとする南相馬市で、3人は「創造的復興」への想いを新たにしています。

「どこよりも南相馬市に住みたい」と一人でも多くの人から思ってもらえるようにしたい。私たちの携わってきた業務が、その一助になっていたらこんなに嬉しいことはないです。私個人としては、官民それぞれの視点からものごとを考える機会を得られたのがなによりの財産です。この経験を活かして、いつか、官民の連携するプロジェクトや、新規事業に携われたらと思っています。


現場や積算の業務経験が活きる仕事もあれば、さきほどの「異業種交流会」のような、建設会社の中では体験しない仕事もありました。でも、ひとつ共通するのはどんな仕事も「相手の立場になって自分の考えを伝え、理解を得ていく」ことが大事だということです。残りの任期でも、市民の方々や関係者のみなさんと丁寧なコミュニケーションを図り、南相馬をより魅力的なまちにするためのお手伝いをしていきたいと考えています。


私たち行政の役割は、K.Oさん、Y.Wさんをはじめとした民間企業のみなさんから学んだこと、みなさんの復興への想いをしっかりと受け止め、つなぎ、未来へのチャレンジに活かしていくことだと思います。市民の方々への視点を忘れずに挑戦する姿勢を保ち続け、創造に向けた歩みを続けていきます。

南相馬の空のもと、復興から新たな創造へ。震災を乗り越えた先に描かれる100年の物語が、今まさに始まっています。
民間企業が培ってきた各分野での強み、つながり、商慣行などの知見といったものは、市役所だけではつかみづらいところがあります。震災後、観光や移住促進、重要な産業である農業の販路拡大などで民間企業の方の力添えをいただき、少しずつ成果が出てきているという状況です。