地盤工学 後編
後編
力学のフロンティア、
土質力学。
土木、建築。どんな建設工事も、必ず「土」と向き合うことから始まります。
地面を掘る、基礎を支える、斜面を守る――私たちの足元にある身近な存在でありながら、
実は工学的には最も「わからない」ことが多い、それが土の世界です。その不確実性と未知の可能性に挑む学問が「地盤工学」。
今回は、筑波大学 システム情報工学研究科の松島亘志教授、そして異分野から建設業界に飛び込んだ日本国土開発の若手エンジニアたちとともに、地盤工学のおもしろさと建設の未来を探ります。
松島亘志
筑波大学 システム情報工学研究科 構造エネルギー工学専攻 教授。専門は地盤工学。土質力学の未解明な部分に研究者としてのやりがいを見出し、研究を続けている。月面地盤の力学特性に関する研究にも取り組んでいる。
奥田誠
日本国土開発 つくば未来センター 土質地盤グループ。大学で機械航空工学を専攻し、休学中にはゲーム会社にも勤務。建設のスケールの大きさとドローン測量に興味を持ち、異分野から建設の分野へ。現在は土質のデータ化に取り組む。
佐藤海里
日本国土開発 つくば未来センター 企画管理グループ。大学で機械工学を学び、大学院では環境科学(地球化学)を専攻。土質改良技術「ツイスター®工法」で使用する供給機の改良業務に携わった後、現場を経験し、現在は研究開発で建設機械の自動化に携わる。
実践が理論を生む。
建設だからこそできること
熱力学も、現象の発見が理論より先だった──土質力学が未完成だからこそ、「まず動くものをつくる」建設会社の実践が新たな理論を生む可能性がある。現場から始まるイノベーションについて、研究者とエンジニアが語り合います。

- 佐藤:
- 土質力学には未解明の部分が多い……というお話を伺っていて思ったのですが、この世界で新しい価値を生み出していくためには、体系化よりも先に動くものができて、後から理論が追いついてくる形のほうがいいのかもしれないですね。
- 松島:
- そういったケースは歴史的にもよくありますよ。例えば熱力学も、実際に現象の発見や応用が先行して、あとから理論が追いついてきました。熱力学の第一法則、第二法則、第三法則というものが先に見つかりましたが、当時は実験結果に基づく経験則だったのです。それが、統計力学が整備されることで理論的に説明されるようになったんですね。
- 佐藤:
- 研究開発の立場でいうと、土のわからない部分も含めてAIが判断して、自動で施工してくれるような未来を目指したいです。これも、大量のデータを収集していくことで見えてくる世界なのではないかと思っているのですが。
- 松島:
- 現在のAIは、大量のデータがあれば、理論を理解していなくてもある程度の結果を出せるという特徴があります。ただ、その結果が本当に正しいのか、条件を変えた場合でも成り立つのかということは検証が必要ですね。特に建設は安全性がなによりも重要な領域。
中身をきちんと理解することは基本なので、そのための研究は必要になっていくと思います。
- 奥田:
- 私たちのような建設会社が取り組んでいる「まずやってみる」という実践が、やがて理論としての体系化につながるかもしれないですね。
- 松島:
- ある先生から聞いた話ですが、砂を動かすための面白いアイディアがあります。電線を斜面に対して平行に設置し、交流電流を流すと静電気を帯びた砂の粒子が反発して飛び跳ね、坂を登っていくのです。
- 佐藤:
- おもしろいですね。

- 松島:
- これも、現象としてはきちんと機能しているものの、粒子がどれだけ帯電しているのかどうかなど、理論の詳細はよくわかっていないのだそうです。それでも、月面のような場所で砂を動かしたり、太陽光パネルに積もった砂を取り除いたりといった用途で使えるかもしれません。こんな例もありますし、躊躇せずにできることから試していくというのは正しいアプローチだと思うのですよね。
使えない土を、使える土に――
ツイスター®工法の挑戦
理論が先か、実践が先か。日本国土開発が開発した「ツイスター®工法」は、まさに実践先行の産物でした。 異分野の知見も活かしながら、いかに「動くもの」をつくれるか。その可能性を探ります。

- 佐藤:
- ツイスター®工法も、理論より先に動くものをつくるという姿勢を体現したものだと思っています。回転するチェーンで土をバラバラにして良質な土に改良するというこの技術が生まれたのは私が入社するずっと前のことですが、理論が先にあったわけではありません。不良土をどうしたら改良できるか、この方法ならばうまくいくのではないかという問いが先にあって、やってみたらうまくいったのではないかと。
日本国土開発独自の「ツイスター®工法」
日本国土開発が独自に開発した、土質改良の技術。チェーンの打撃力により土砂を破砕、混合し、従来は改良が困難だった粘性土などを、工事に使える良質土へと変えることが可能です。堤防の築造をはじめ、全国のさまざまな現場で活用されています。

- 奥田:
- 佐藤さんが開発に携わっていた土砂供給機も、おもしろい構造でしたよね。
- 佐藤:
- 2軸のスクリューが回転して土を落とすというものですね。粘土のような土を流すと、ロールについた羽で上に乗った粘土を削り取って、下部の掻き取り機構で少しずつ落としていくような挙動を示します。投入する土の性状によって流れ方は変わるのですが、土質を問わず、安定して供給ができるのです。

- 松島:
- それはおもしろい。砕きながら供給するということですね。
- 佐藤:
- 多種多様な土砂に一種類の供給機で対応せよという無茶振りのような課題があって、製薬、食品、鉱山などさまざまな業界の機械を参考にしました。
- 松島:
- ツイスター®工法による土質改良のメカニズムも、ベーシックな土質力学ですべて説明するのは困難ですよね。力学問題としては「粉体工学」という、機械工学のひとつの分野に近い現象だと思うんです。
チェーンやブレードが回転して土砂に打撃力を加えるということに加えて、ここで発生する気流が土粒子を動かすための原動力のひとつにもなっている。粒子がどのように流れて、どのように割れて、どのように堆積するのかという複雑な挙動をすべて解き明かすには、現在のコンピューターの性能をもってしても、かなり計算に時間がかかると思います。
- 奥田:
- それでも、もっと多様な土を、より効率よく改良できるようにするためには、理論としての裏付けが必要ですね。

- 松島:
- そうですね。まず動くものを作る。そのうえで、土質力学のみならず、さまざまな工学の知見も取り入れて結果を裏付けていくことが重要だと言えると思います。
地球から月へ。
土が拓く人類のフロンティア
素粒子や宇宙の理論は発展しているのに、人間スケールの「土」は未解明のまま。 しかし、その体系化なくして月面開発は実現しない――松島教授はそう語ります。 建設会社の実践と大学の理論研究が融合した先に、どんな未来が待っているのでしょうか。

- 松島:
- 私は土がボーダーレスな存在だと思うのです。地盤材料として見れば人間の足もとを支える存在でもあるけれど、もちろん農業にとって欠かせないものでもあります。鉱物資源やエネルギー資源の源でもあり、人間にとって役立つ微生物の住処でもあります。この現実世界に生きる以上、かならず土と関係していくことになります。
- 奥田:
- たしかに。
- 松島:
- だからこそ、これらを体系化することは非常に重要なことです。素粒子物理のような「極小」の世界のことも、宇宙論のような「極大」の世界のことも理論が発展している一方で、人間スケールでこんなにも重要なことが未解明のままになっている。それが私たちの「科学」の現状であるとも言えるわけです。
- 佐藤:
- そのぶん、可能性は無限に広がっているとも言えますね。
- 松島:
- そうです。私たち人類が宇宙に進出しようとするときにも、土質力学の体系化は当然必要になってきます。
- 奥田:
- 月の地盤も「土」なんですか?
- 松島:
- もちろん、水も空気もなく、隕石の衝突で粒子が細かくなっているなど、環境は全く違う……という前提はありますが、二酸化ケイ素がベースなので、広い意味では地球の土と同じものです。工学的に言えば「地質材料」ですね。地球のように現地で試験ができないのが問題ですが、体系さえ整っていれば現地に行かなくても物性を予測できます。月面開発は、地盤工学の真価が問われるフロンティアなんです。
- 奥田:
- 夢が広がりますね。
- 松島:
- 皆さんのような建設企業の力で、土は社会に役立つ存在に変わっています。ずっとお話ししてきたように「土」は未解明な部分も多い分野です。だからこそここが解き明かされていけばもっと効率的に、もっといいものがつくれるようになっていくと思いますし、ボーダーレスな存在であるがゆえに人間社会全体をよりよいものにしていく力になると考えています。そのためにも、この「わからなさ」のおもしろさをもっと若い人たちにも知ってもらいたいですし、チャレンジしてみようと思ってくれる人を増やしていきたいですね。
