学問X建設 土木・建築森羅万象学

九州大学 工学部 土木工学科
三谷 泰浩教授
日本国土開発 つくば未来センター 土質グループ
秋山 直樹

土木工学

前編

対話と技術で当たり前を創る

大きく「土木」「建築」から構成される建設。その中核を成すのが「土木工学」です。土や構造、水など、インフラの構築にかかわるというイメージの強い学問ですが、変化する時代に応じて進化し続けています。今回は、九州大学 工学部 土木工学科の三谷泰浩教授のもとを訪ね、土木工学の現在地と将来へのチャレンジについて聞きました。

三谷 泰浩

九州大学 工学部 土木工学科教授。九州大学大学院を修了後、大手建設会社に入社。放射性廃棄物の処分,トンネルの設計などに関する研究開発に携わる。その後九州大学教授となり、後進の指導にあたってきた。専門分野は岩盤工学、地圏環境工学、地理情報システム、空間情報学、防災工学。

秋山 直樹

日本国土開発 つくば未来センター 土質グループ。三谷教授と同じく九州大学 工学部 土木工学科卒業。日本国土開発入社後、一貫して土木の分野で工事や設計、研究開発などさまざまな業務に携わる。現在は土質データのデジタル化等の業務に従事。

「土木工学」とは?

土木の持つ魅力を、まっすぐに知ってもらいたい─。
そんな想いから日本の大学で「土木工学科」を名乗る数少ない存在が、九州大学です。では、「土木工学」とは一体なんなのか。ともに九州大学で学び、現在はそれぞれ教授、土木エンジニアとしての道を進む2人に話してもらいましょう。

三谷:
社会に暮らす人がどんなことに困っていて、どのようにしていきたいのか。それらを見出した上で、工学的な技術を使って解決していく学問。それが「土木工学」だと思いますね。土質力学とか構造力学とか水理学とか、さまざまなものから構成されていますが、存在価値はそこにあるのだと考えています。
秋山:
そして、そうした学問をベースとして「世の中の当たり前をつくる」というのが私たち土木技術者ですね。どうして蛇口をひねれば水が出るのかとか、なぜスイッチを押せば電気がつくのかとか、誰も考えたりしません。でも、「誰もが欲しかった環境を当たり前のものにするにはどうすればいいのか」に日々アタマを悩ませている人がいる。それが土木に携わる人々なんですよね。
三谷:
秋山さんの言う「当たり前」の作り方も時代によって大きく変化してきました。日本社会で言えば、まず第二次世界大戦のあとが大きな転換点だと思います。
戦争で荒れ果てた国土を整備して、大きく増えた人口に対応してさまざまなインフラを整えました。とにかく経済的に豊かになることが最重要課題だったわけですね。「ニューフロンティアを目指せ」とばかりに自然を切り拓き、人間のための環境をつくりあげる。それが土木の役割だったと言えます。

秋山:
その先で発生したのが環境問題ですね。私が大学入試を受けた90年代初頭、小論文の題材として必ず出てくるのが環境問題でした。
三谷:
そうですね。工場からのばい煙で光化学スモッグが起こるとか、工業用水として地下水を使いすぎて地面が沈んでしまうとか。大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭。いわゆる「典型7公害」というものによって、それまで正しいとされてきた開発の問題点に気付かされたというわけです。土木技術で特に問題にされたのが、治水のために川底と底面をすべてコンクリートで固める「三面張」という工法でした。
秋山:
曲がりくねった川をまっすぐにして、あふれるよりも早く海に流してしまおうと。いち早く人間にとって安全な環境をつくりあげるための技術だったかもしれませんが、それが水生生物の存在を脅かすことになってしまったわけですよね。
三谷:
1990年代から2000年代にかけてのことです。戦後から半世紀あまり、自然環境に対して私たち「土木屋」はなにをしてきたのか、ということが厳しく問われるようになりました。
「人のため」だけでなく、私たちを取り巻く「環境」全体について考えるようになった。ここが近代の土木にとってふたつめの転換点なのだと言えるのではないでしょうかね。

これまでの当たり前を、
これからも当たり前にできるか

戦後復興、環境問題への対応。時代ごとに変化する社会課題に対応しながら、
安全で快適な生活をつくりあげてきた土木工学。
いま社会が直面する「サステナビリティ」という課題に対して、
土木工学はどのように立ち向かおうとしているのでしょうか。

秋山:
上下水道や電力、交通インフラなど長年にわたって作り上げられてきた「当たり前」を享受しているのが私たちなのですけど、それが自分たちの世代で終わってしまったらダメじゃないか、というのがいま直面している課題ですよね。
いつまでも化石燃料を燃やし続けるわけにはいかないし、人口が増え続けた時代と同じように、巨大な土木建造物を作り続けるわけにもいかない。
三谷:
さきほど話した「典型7公害」は、今やほとんど話題にのぼることもなくなりました。より大きな問題に立ち向かわなくてはならなくなったというのもありますが、少なくとも日常生活の中での脅威は取り除かれた。そういう意味では日本という国はすごいと思います。ただ、これから「対自然」ということを考える中では、まだ多くの課題があると思います。特に難しいのは、環境問題において私たちが「原風景」をもはや知らないということなのですよね。
秋山:
私たちは、もう便利で安全な生活というのを当たり前の環境だと思っていますからね。

三谷:
そうです。大昔はもっと川も氾濫していました。川が氾濫することで土地が肥沃になり、土砂が海に流れることによって、海岸の環境も保たれていました。雨をきちんと地面に染み込ませて地下水を涵養するなら、地表はアスファルトで覆わないほうがいい。
秋山:
そこへ戻ろうとしたら大変です。雨が降るたびに家が浸水するかもしれないし、そうなれば生活もビジネスもストップしますね。
三谷:
日本は、温暖かつ湿潤で草は生い茂っているのが当たり前なんです。でもそれではイヤです。刈り取りますよね。人間が暮らしていく上で、環境に働きかけることは必要不可欠ということは認める必要があります。
秋山:
人間が求める「当たり前」をつくる。かつ「環境問題がない」状態を目指す。いったいどこを基準にするべきなのか、という議論が必要になりますね。
三谷:
それもこれから20年、30年という時間の中で変化していくと思います。誰かに任せきりにするのではなく、当事者として考え、議論していかなくてはいけませんし、そこから新たな技術を開発していく必要もあるということです。

縦糸と横糸
九州大学の挑戦

社会の変化に対応して、九州大学の土木工学科も進化しています。
大規模化、複雑化する社会課題を解決する技術者を養成するために、
九州大学はどのようなことに取り組んでいるのでしょうか。

三谷:
私や秋山さんが土木工学を学んでいた頃の九州大学というのは、良くも悪くも「研究機関」でした。私も秋山さんも鉱山、岩盤系の研究室に所属していましたが、スペシャルなことをとことん突き詰める先生の話を聞き、学ぶという授業が非常に多かったですよね。
秋山:
私は三谷先生と同じ教授の下で研究をしながら、地表から浅いところで起こる陥没のメカニズムについて100ページくらいの卒論を書きました。いろいろ数値解析を回して事象を再現しようとしたのですが、できませんでした(笑)。
三谷:
他にも九州大学で言えば水理学、河川工学、海岸工学といった「水」に関する分野が伝統的に強くて、多くの研究がなされてきました。もちろん、そうしたスペシャルな研究を行い、次代を担う人たちに継承していくことは重要。これからも力を入れていくべきです。
ただ、これからの社会に土木工学で貢献していくという視点で見たときに十分ではない。それが大学で教鞭をとりながら考えたことです。
秋山:
ずいぶんカリキュラムが変化したなと思いましたね。「これを学生時代に学んでおきたかったな」というものも多いです。「合意形成論」なんてびっくりしましたよ。

九州大学 工学部 土木工学科のカリキュラムマップ。専門分野について学ぶ「縦糸」科目と、視野を広げる「横糸」科目から構成されている。
三谷:
土木に関する基礎、研究室ごとの特色ある研究が「縦糸」。社会と関係していくための学びが「横糸」。そう位置づけて、カリキュラムの体系を新たに構築しなおしました。私たちは社会をどのようにしていきたいのか、どうするべきなのか。そうした議論がこれまで以上に重要になっていく中で、昔ながらの土木工学だけでは解決できないものというのが出てくると思うのですよね。
秋山:
私、若い頃に地下鉄の新宿三丁目駅の建設工事を担当したんです。
三谷:
副都心線の。
秋山:
はい。街中で人々が生活している中での工事になるわけですよ。いわゆる「都市土木」という分野です。そこでは数え切れないほどの人との議論や調整、合意なくしては、何も前に進みません。技術的にもさまざまなチャレンジはありましたが、その前提条件として「合意形成」があるわけです。
さらに、道路交通や鉄道、人流に関する知識など、いわゆる「土木工学」ではない領域への興味や理解も深める必要が出てきます。

東京メトロ 副都心線 新宿三丁目駅 建設工事の様子。
市街地での工事となるため、多くの関係者との調整を行いながらの施工となった。
三谷:
学問として知識を深めることも大切だけれど、現実をどのように捉えるかがとても重要ですよね。こんなことを言うと古いと思われるかもしれないけれど、スマホだけじゃなくて、眼の前の現実から学べることは無限にあるよ、というのは私も常々思っています。
秋山:
知識の前に、眼の前のことに興味を持てるかどうか、って大切だと思うんですよ。
これも私の経験の話なのですが、すごく軟弱な地盤の場所で工事をしたことがあります。
地面を掘り、土が崩れないように壁をつくって、そこに水道管を埋めていくんですね。ある時「どう見てもこれは近いうちに壊れるんじゃないか」という場面に遭遇しました。そこから土質力学の本を引っ張り出してきて電卓を叩いてみて「うん、感覚的に危ないけど、やっぱり計算上も危ない」と。
三谷:
自分が暮らしているこの世界の物理法則みたいなところに目を向ける、五感で感じる。これは技術と並んで、ものづくりにとっての両輪だと思いますね。私たち土木が相手にしているのは「社会」であり「自然」ですから。
センスとか経験・感覚というものに過度に頼るのは危険だけれど、人間にしかできないこと、人間がしたほうがいいことというのは必ずある。土木工学を学ぶ若者たちにそれを知ってもらうことも私たちの使命です。そんな想いから「横糸」科目の中にいくつか体験型のカリキュラムを用意したんです。

人と関わる、
手を動かす

専門性を掘り下げるための「縦糸」科目と、視野を広げるための「横糸」科目。これらを組み合わせて、学生たちに幅広い学びを提供する土木工学科。「横糸」科目の中には、人と関わる、自ら手を動かすといった 体験型のカリキュラムが用意されています。

秋山:
体験型のカリキュラムというのは、どのようなことをやるんです?
三谷:
ひとつは「まちづくり」ですね。過疎化してしまった地域の商店街の人といっしょに議論をして、どうすれば何でも揃うショッピングモールではなくそちらに来てもらえるのかとか、ここにしかない価値を生み出せるのかといったことを考えるのです。
ひとくちで「シャッター街になって困っている」と言っても、その背景はさまざまです。だから、それらをしっかりと聞いて自分たちの意見を出し、解決策を導き出す必要があります。
秋山:
なるほど。議論や提案を実際にしてみるわけですね。
三谷:
半年という限られた時間の中なので、何から何まで解決するところまでは到達できません。でも、どんな議論をして、どんな解決策を導き出したのかというところまできちんと報告します。地域の方にも喜んでもらえることが多くて、学生たちの自信にもつながります。
他にも、実際に5メートル程度の木製の橋をつくるというような「ものづくり」に関するプログラムもあります。
秋山:
構造計算の実践ですか。
三谷:
そうです。三角に横棒を一本入れて構造の計算をする。土木工学科の学生はみんな「構造力学」を履修するわけですが「この横棒はなんなの?」と聞いてみると「……何なんでしょうね?」となってしまう。
でも、実際に手を動かして橋をつくってみると、これが横に広がる板になるんだ、これは柱になるんだ、というようなことがわかります。

秋山:
過去の製作された橋のパネルを見ていると、毎年デザインも違って創意工夫が見えますよね。
三谷:
レギュレーションとして予算と材料は毎年共通にしてあるので、徐々にひとつのかたちに集約していってしまうのは仕方ない部分はあるのですよね。それでも、毎年同じようなことをやっていても面白くない。ちょっと意匠的に凝ってみようとか、なにか歴史的な橋に学んでみようとか、学生たちに「その年のテーマ」みたいなことを決めてもらうんです。
最後は全員で橋に乗ってみて壊れなかったら単位が出るという仕組みです(笑)。

〈後編に続く〉

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