カナイさんの場合
リアルな声に耳を傾けたい。
現場に寄り添う安全管理。
私は中途入社で、前職は百貨店やIT企業で働いていました。実は日本国土開発に転職した当初は一般職として入社したのですが、数年前に準総合職へ転換したんです。現在は安全衛生管理室で、現場の安全を守るための施策立案やDX推進など、プロジェクトベースの業務を担っています。
私は技術者ではないので、施工の専門的なアドバイスはできませんが、違う立場からものづくりを支えたいと思っています。例えば、外国人労働者向けの現場掲示物を本社で一括作成してみたり、現場の負担を減らすためのDXツールを選定したり。現場が上手く回るための仕組みを少しでも本社で作ることで、皆さんが施工管理に集中できる環境を整えるのが私の役割です。
本社的には統一したいけど、現場的には臨機応変にやりたい。その板挟みになることもありますが、今私ができる範囲内で現場に足を運び、リアルな声を吸い上げて、現実的な解決策を提案していく。異色の経歴を持つ私だからこそ、固定観念にとらわれずに提案できることがあると思っています。
母になって変わったのは、タスク管理の意識ですね。「子供が急に熱を出すかもしれないから、ママに明日はない!」と常に思っているので、期限に関わらず「今日できることはできるだけ進めておく」が鉄則。5歳の息子への教育法は、名付けて「キャンプファイヤー」。話し合いだと堅くなってしまうので、椅子を並べて同じ目線で「さっきの言い方はどうだったかな?」とキャンプファイヤーを囲むようにじっくり向き合う時間を作っています。そんな風に、仕事も育児も工夫しながら楽しんでいます。
スドウさんの場合
現場の“なぜ”?を解明したい。
公募で掴んだ技術者としてのキャリア。
もともとは現場で施工管理をしていましたが、協力会社さんから「なんでこれが必要なの?」「10トンじゃなくて、4トンローラーでいいじゃん」と言われた時に、仕様書にあるから、としか答えられない自分がもどかしかったんです。なんとなくではなく、きちんとした根拠を持って説明できるようになりたい。そう思って、社内公募制度に手を挙げ、現在の土質地盤グループに異動しました。今は、現場から集まってくる膨大な土のデータを分析し、最適な工法を導き出す仕事をしています。土は生き物のようなもので、計算通りにいかないことも多いですが、自分の出した根拠が現場の役に立った時は嬉しいですね。いつかまた現場に戻るとしても、今の知識は必ず武器になるはず。技術者として、納得感のある仕事をしていきたいです。
最近、1歳7ヶ月の娘と砂遊びをする時、「これ、パパのお仕事だよ」って言うようになったんですよ。現場時代には今よりも家にいる時間が短かったので、今の働き方だからこそ見せてあげられた背中なのかなと嬉しくなります。そして、妻は保育士なんですが、彼女の育児を見ていると本当に勉強になります。ただお世話をするんじゃなくて、常に子どもの目線で世界を見ているんです。プロフェッショナルな妻への尊敬があるからこそ、私ももっと育児の解像度を上げて、二人で娘の成長を支えていきたいですね。
エンドウさんの場合
チームで挑む、インフラ作りの最前線。
現場で、長年の信頼を守り抜く。
現在担当しているのは、電力供給のためのトンネル工事です。長年お付き合いのある発注者様で、その分求められる安全基準や品質管理のレベルも高く、プレッシャーはあります。ですが、無事故で工事を終え、お客様から「頼んでよかった」と言っていただけた時の達成感は格別です。
元々、子どもの頃からモノづくりが好きでした。建設業は、一人では作れない巨大なものを、多くの人と協力して形にできるのが面白いですね。現場が変われば、作るものも環境も変わる。経験は積み重なっていきますが、常に新しい知見が得られるので、飽きることがありません。
入社2年目から携わった東北での震災復旧復興工事は、私の原点です。全長8kmもの海岸堤防を復旧し、インフラが整備されていく様子を目の当たりにした時は心が震えました。現地の方々とソフトボールで交流したり、妻ともこの地で出会ったりと、公私ともに忘れられない経験です。あの時感じた「誰かのために」という想いを胸に、これからも地域に残る仕事をしていきたいですね。
プライベートでは双子の父として奮闘中です。現場は忙しいですが、理解ある上司のおかげで、配慮してもらえることに救われています。かつての復旧復興工事で感じた「誰かのために」という想いは、今は「家族のために」という想いと重なっています。子どもたちに誇れる仕事をするためにも、まずは現場をしっかり守り抜きたいですね。
D.Eさんの場合
段取りが品質を作る。
構造も場所も変わる現場で、最適な施工管理を
入社後しばらくは九州に勤務し、主に鉄筋コンクリート造のマンション建設現場で施工管理の基礎を叩き込みました。その後、東京に戻り、鉄骨鉄筋コンクリート造の物流倉庫や鉄骨造のオフィスビル建設など、構造も用途も異なる現場を担当してきました。現在は解体工事の現場に応援で入っていますが、場所や建てるものが変われば、関わる職人さんも、求められる工法も変わる。その変化に対応しながら、最適な段取りを組むことが、この仕事の難しさであり、面白さだと感じています。
家では、4歳の娘と1歳の息子の父です。娘は私の仕事を「お家を作る人」としっかり認識していて、九州にいた頃も、東京に戻ってからも、近くまで見に来てくれたことがあります。先輩たちは嫌な顔ひとつせず「いいよ、見ていきなよ」と受け入れてくれました。
実は第一子が生まれた当初、単身赴任で妻とは離れて暮らしていたんです。その後、育休中の妻が九州に来ることになった時、上司に相談したら即答で家族で住める物件を借り上げてくれました。特に育児については世代間ギャップがあると思われがちですが、私の経験では、上司たちは時代の変化を柔軟に咀嚼して受け入れてくれていると感じます。「前例がないからダメ」ではなく、社員の家族ごと大切にしてくれる。そんな会社の温かい空気に、いつも助けられています。
- ※本記事に登場する社員の所属部署や年齢、家族構成、および当社の制度に関する情報は、すべて2026年2月時点のものです。



